箱根を走った長距離ランナーが、就活でエンジニアを選んだ理由
競技しかなかった学生時代に、「その先」が見えてきた
小学1年生で陸上を始めてから、大学までずっと長距離だった。箱根駅伝に出ることが、夢だった。
「その先」を意識したのは、早かったほうだと思う。大学に入ったばかりの頃には、もう競技は大学で一区切りにしようと決めていた。箱根に出られても、出られなくても、大学で走るのは終わりにする。そう決めていた。
正直、不安はあった。陸上しかやってこなかった人間が、競技を離れて別の業種に飛び込む。周りの優秀な人たちについていけるのか。この先、自分はやっていけるのか。
それに、駅伝は少し特殊な競技だと思っている。団体種目と言われるけれど、結局のところ走るのは一人だ。練習も本番も、誰かと細かくコミュニケーションを取らなくても成立してしまう。そういうスポーツをやめて、社会に出て、チームで動いていく。そこにも心配はあった。
「エンジニア」は、最初からの答えではなかった
競技をやめると決めていても、では何になるのか。その答えが、最初からエンジニアだったわけではない。
ただ、新卒というカードを使って企業に入り、スキルを伸ばしてキャリアを積み上げていく。それは自分にとって必要なことだと思っていた。
陸上を続けてきた仲間の進路はさまざまだった。実業団に進んで競技を続ける人、公務員になる人、一般企業で営業をやる人、コーチや教員として競技に関わり続ける人。長距離をやってきた人間の進路として、どれも珍しくない。
実業団は、自分にとっても遠い道ではなかった。長距離は、ほかの競技に比べてプロ(実業団)に行きやすいほうだと思う。元日に行われるニューイヤー駅伝という、企業が広告として力を入れる大会があるからだ。それでも、自分はその道を選ばなかった。
自分は、本当に怪我の多い選手だった(その記録は別の記事に書いた)。実業団に入って、もし走れなくなったらどうするのか。一般で就職してきた新卒に比べれば、スキルは未熟なままだ。走れなくなった先のことを考えると、競技をそのまま仕事にする選択は、自分には重すぎた。だから、大学で引退すると決めた。
では何をするか。その入口は、皮肉にも怪我で走れなかった時間にあった。大学2年の夏、膝蓋靱帯炎にずっと悩まされて、まともに走れない時期が続いた。走れない時間は、そのまま将来を考える時間になった。もともとパソコンやITには少し興味があったので、せっかくだから資格でも取ってみようと、ITパスポートの勉強から始めた。やってみると、勉強なのに苦にならなかった。そのまま基本情報技術者、情報セキュリティマネジメント、応用情報技術者と資格を重ねていった。
資格の勉強を続けるうちに、今度は実際に何か作ってみたくなった。ちょうど生成AIが一気に進化していた頃で、それを使いながら、部のホームページを制作させてもらう機会があった。手を動かして、動くものができた。そこで初めて「エンジニアをやってみたい」と思った。だから就活も、営業職ではなくエンジニア職を軸に動いた。
なぜ、エンジニアだったのか
自分はまだ研修中で、ソフトウェアエンジニアだと胸を張って言い切れる段階ではない。それでも、数ある仕事の中でこの方向を選んだ理由は、自分の中ではわりとはっきりしている。
決め手は、作ったものに反応が返ってきたことだった。部のホームページを制作したとき、「作ってくれてありがとう」「見やすくなった」「こういう機能も追加してほしい」という声をもらった。それが、素直に嬉しかった。報酬をもらわずに作ったものもあったけれど、無料でも、誰かに使ってもらえること自体にやりがいを感じた。この感覚が、たぶん本当の決め手だ。
走ることと、コードを書くこと。共通点を挙げるとすれば、一人で黙々と向き合う時間だと思う。長距離の練習は、60分ジョグや16kmジョグのように、一人で淡々と積む時間が多い。イヤホンもルール上つけられないから、無心で、あるいは考え事をしながら走る。その一人の時間と向き合うことは、駅伝においても案外大事だった。コードを書くことにも、昔のイメージなら一人でエラーと向き合うような時間があった。
とはいえ、今は生成AIがコードを書く時代でもある。だからこの共通点も、どこまで当てはまるのかは、まだわからない。今の自分が感じている範囲での話だ。
競技漬けの体育会生が、どう就活したか
プログラミングは独学で始めた。スクールには通っていない。資格の勉強は「過去問道場」、プログラミングは「Progate」、それに生成AIを相手に壁打ちしながら、という進め方だった。
時間は、空きコマで作った。大学1〜3年は授業が詰まっていて忙しかったが、それでも空きコマはあった。その時間に資格の勉強をしたり、コードを書いたりしていた。それまではゲームをして昼寝をする、だらけた生活をしていたけれど、勉強を始めてからはそれをやめた。空いた時間は、陸上のための体のケアや睡眠を優先しつつ、残りは勉強やニュース、プログラミングに使った。授業がほとんどなくなった4年は、空いた時間の多くを個人開発に充てていた。
資格は、順調に取れたわけでもない。応用情報技術者は一度落ちて、2回目でようやく合格した。
就活の動き方には、体育会の長距離選手ならではの事情がある。夏は合宿があるので、サマーインターンにはほとんど参加できない。だから3年の夏は、就活としては本当に何もしていない。動き始めたのは、3年の1月、箱根駅伝が終わった直後からだ。そこから少しずつ準備をして、本選考で、ほかの学生と同じように選考を受けた。
選考で強く感じたのは、「箱根駅伝を走った」という事実の強さだった。ただし、これには時期の問題がある。大学4年で箱根を走っても、就職まで残り3ヶ月では就活にはほとんど使えない(大学院や実業団に進むなら話は別だ)。選考で箱根を語るには、1〜3年のうちに走っていないといけない。自分は3年の1月に走れていたので、選考の場で箱根の話を出せた。それは、大きかったと思う。
作ったものよりも、聞かれたのは駅伝の話だった。チーム開発の経験があるわけでもなかったので、語れるのはどうしても箱根や競技の話になる。ちなみに、このサイト(0345runner.dev)は就活では見せていない。内定が決まったあと、わりと最近になって作ったものだからだ。就活で見せた制作物といえば、資格と、部のホームページくらいだった。
陸上の経験は、エンジニア就活でどう効いたか(そして、効かなかったか)
就活において、陸上の経験が一番プラスに働いたのは、ガクチカ、いわゆる「学生時代に力を入れたこと」だったと思う。
一般的に強いガクチカは、アルバイトで売上に貢献したとか、サークルの出席率を上げたとか、研究で成果を出したとか、そういうものだと思う。ただ、駅伝部の生活では、その手の話は作りにくい。練習は基本的に休めないので出席率を上げたという話にはならないし、アルバイトはそもそもやらせてもらえない。
その代わり、語れるものはあった。練習そのものだ。朝は5時過ぎに起きて10km以上走り、午後も16時過ぎに集合して、また10km以上走る。それを週のほとんど、毎日繰り返す。夏になると長野や北海道、静岡で何十泊もの合宿を張って、1ヶ月で800kmを超える。数字にすると、こういう生活をしていた。
派手な実績ではない。それでも、厳しい環境のなかで箱根という目標に向かって毎日続けてきた、という事実は、選考の場でちゃんと伝わるものがあった。アルバイトやサークルとは別の種類の「続ける力」と「自己管理」を、具体的な数字で見せられる。採用する側に立ってみても、これだけのことを続けてきた人間は、悪くは見えないはずだと思っている。それは、競技をやってきた自分だから出せる強みだった。
逆に、苦労したこともある。一番は、チームで何かを作った経験が薄いことだった。駅伝も組織ではあるけれど、ほかの部活に比べると、チームとして密にコミュニケーションを取る競技ではない。寮で一緒に過ごす限られたメンバーと仲がいい、という感じで、大人数で役割を分担して動く経験は少なかった。エンジニアの仕事はチーム開発が前提だから、ここは正直、今でも自分に足りない部分だと思っている。それと単純に、練習が忙しくて、就活そのものに割ける時間は限られていた。
入社して、走りながらコードを書く今
2026年4月から、エンジニアとして働き始めた。社会人1年目、まだ研修期間で、毎日新しいことを吸収している時期だ。そして相変わらず、ほぼ毎朝03:45に起きて12kmを走っている。
競技を引退したのに、なぜ今も走り続けているのか。理由は、そんなに大層なものではない。
一番は、田中渓さんのような人間になりたい、というシンプルな思いだ。ほぼ毎朝03:45に起きて走るこの習慣も、もとをたどればそこに行き着く。
それから、小学生の頃から続けてきた朝練習を、崩したくないという気持ちもある。もう習慣というより、体の一部みたいになっていて、朝走らないと体がだるいし、なんだか変な感じがする。走らなかった日は、一日を通してやる気が出ないこともある。あとは単純に、太りたくない。体型は維持しておきたい。
競技としての真剣勝負は、大学で終わった。それでも、朝走るリズムだけは、競技をやめた今も地続きで残っている。その上に、仕事という新しいものが乗っかった。それが、今の自分の現在地だ。
これは、同じ道を選ぶ誰かのためではなく、記録として
ここに書いたのは「こうすればエンジニアになれる」という方法ではない。一人の長距離ランナーが、競技の先に何を選び、なぜそれを選んだのかという、ただの記録だ。同じ岐路にいる誰かの参考になるとしたら、それは助言としてではなく、「こういう一例もあった」という事実としてだと思う。
走ることはやめていない。コードを書くことも、まだ始まったばかりだ。
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